「ふるあなろぐのせかい 暗室の作り方編」のあとがき。

C97で頒布した「ふるあなろぐのせかい 暗室の作り方編」のあとがき部分を掲載。ほぼ1年ぶりの更新になってしまいましたが…まぁ、近況はTwitterで。最近自家現像してないな…

 実は今回、このような解説本ではなく夏コミに続いて銀塩写真集を作ろうと考えておりました。が、10月頭の引っ越しで色々とトラブってしまい、ネガやスキャナーが倉庫と自宅に散逸してしまい、それらを片付ける(というか整理する)気力が失せてしまいました。夏コミでのフルアナログ写真集(限定10部でした)制作も振り返ってみると何だかあまりにも計画性のない反省材料の多すぎるものだったので、なかなか暗室を再度組み直すのも億劫だな…と思っていた矢先に冬コミでスペースを頂けることになったので、「ここはひとつ制作よりも制作支援に回ってみようじゃないか」などとと言い訳をしつつ取り敢えず資料集めも必要無い頭の中の知識と経験でガリガリ書いてみた…というのがこの本になりました。平行してマミヤのRB67シリーズの解説も書いていたのですが、よく考えてみると初代の本体持ってなかったりレンズの評価なんてしたくなかったり何より資料蒐集に時間が掛かりそうなので止めました。気が向いたらそのうち出るかもしれません。
私自身もまだ暗室初心者なので分からないことがあれば考えてみたりググってみたりしますが、ここのところ(カメラ趣味全般に言えることですが)色々なHPサービスが終了していたりして「前どこかで読んだな…」と思っても原典が消滅していたりします。書籍が出ていない分野に関しては「情報の空白地帯」と言ってもいいのでないでしょうか。暗室技術はそれほど昔から進化していないとは言え、始めてみたい!という人にはかなり不便な時代かも知れません。そんな中で暗室を作りたいという奇特(?)な方々に、自分の受けた写真部での暗室教習をもとに「情報の空白地帯」を微力ながら埋めてみたいな…と妙な正義感にも駆られながら書いてみました。
正直、この本を読んだくらいで暗室作業全てを把握することは出来ないと思います。ただ、経験値を積むベースに少しでもなれば幸いです。夏コミ以来あとがきが長すぎると反省しているのでこの辺で筆を置かせて頂きます。それでは、良き”ふるあなろぐ”ライフを!
ー自宅にて 2019年11月24日 18時16分

「無題」のあとがき。

夏コミで頒布した「無題」のあとがき部分を掲載。ここの序文結構書いたのにWordPressがクラッシュして全部消えた

あとがきに代えて
~写真文化の変容と銀塩文化の死~

この度、この写真集(と言うには印画紙の都合により些か規模が小さいものとなってしまったが)を作成するにあたり、念頭に置いていたのは「銀塩写真の死」である。日頃より銀塩フィルムで写真を撮り、コンタクトプリントを作成し、アナログな方法にて焼き付けている方々には「何を」と叱咤を頂くのは覚悟の上であることはまず断っておく。

最早今日の日本に於いて銀塩写真を継続することが困難であることは、最後の国産黒白フィルム/印画紙メーカーとなった富士フイルムが多階調印画紙を終売し、号数紙のラインナップを減らし、ACROS100の生産を終えてしまったことから明らかである。ACROS100IIが国内生産かどうかという正式な発表はまだ無いが、海外生産になるのではないかと個人的には考えている。
ラインナップ数が多いカラーネガ市場にあっても、先の値上げによってスタンダードなフジカラー100の36枚撮りがほぼ1000円で販売されるようになってしまったことは私にとっても大きな衝撃であった。一部で「若者の間でフィルムカメラが再興」などというような記事を見ることがあるが、甚だ疑問である。デジタル一眼レフすら持っていない初心者がジャンクカゴから”作動する”フィルムカメラとレンズとを選んで銀塩写真を始めるとは到底考えられないし、かといって中古店で保証の付く組み合わせを何万も出して買う若者がいればそれは初心者ではないか、余程そのカメラ店が必要と思われる説明をキチンとしていないかのどちらかである。
最も手軽に”フィルムを味わう”方法の「写ルンです」も購入金額、現像やプリント(或いはデータ化)のコストを考えれば寧ろ「写らなければ詐欺」とさえ言われても仕方が無い。

要するに、新しいユーザーが増えるという”代謝”が起こらなくなってしまったという点で「平成と共に銀塩写真は死んでしまった」と言いたいのである。幸い、私は高校時代にデジタル一眼レフを買ってもらうのと前後して銀塩写真をまだ敷居の低いうちに(某カメラチェーン店でKodak Gold200 24ex.が200円で買え、かつ現像も学割料金でしてもらえた)始めることが出来、大学のサークルにて自家現像、引き伸ばしの基本を教わり、自宅で引き伸ばしが行えるまでになった。
翻って今のカメラ業界を見てみるとやはり主流はデジタルミラーレス一眼に移ったと見るべきで、それでさえスマートフォンに搭載されたカメラの技術向上が主因か、各カメラメーカーの大変な苦労が伺える。

スマートフォンがもたらしたものは「常時携帯しても苦にならず、誰でもワンタッチで失敗のない(鑑賞に耐える)写真を撮ることができる」ことに留まらない。その鮮やかで高解像度なディスプレイとネットワーク技術の進歩に伴って「写真を鑑賞するスタイル」さえもあっという間に変えてしまった。例えば、旅の写真はデータとして簡単に共有できるようになった。或いは、”写真展”を開いて”来場者の反応”を伺うといったことさえSNS上で完結するようになったのである。おまけに、追加でコストが掛かる事は何もない。単体としてのデジタルカメラが成し得なかったことを一気に解決してしまったのだから、デジタルカメラの苦境も頷ける。写真に関心のある者以外にも等しく”カメラマン”となり、シャッターチャンスをモノにすることを可能にしたスマートフォンの浸透は、人類の歴史に於いてダゲレオタイプの発明に匹敵すると言っても過言ではないであろう。

一方で、このような変化は「写真というものの価値」を根本から変えてしまったのではないか、と私は考えている。従前、写真というものは何らかのイベント(家族写真、旅行写真 etc.)や撮影者の感性によって撮影されるスナップなど、「記憶」としての意味合いが大きかったように思う。対して、スマートフォンで撮られた写真の多くは「記録」としての面が強く、記録されたフォルダを見ても「何でこんな写真を撮ったのか」というような写真が多いというような経験は多少なりとも分かって頂けるのではないか。
私がこれに気が付いたのは、ある日ネガを光に透かしながら何を撮ったのかを整理している時であった。今までディスプレイに写し出されたデジタル一眼レフで撮影した写真を仕分けていた時には無かった、「シャッターを切った時に何を考えていたか、どんな日だったか、誰といたのか…」といった一連の状況が一気に脳裏に蘇ったのである。そして、以来私は「記憶」と「記録」ということを考えながらシャッターを切り、或いは切りそびれて後から惜しがる、というような趣味としての写真を日々続けている。

長くなったが、私は決して「銀塩写真が至高、ミラーレスカメラは邪道、スマートフォンで撮った写真など論外」などという思想を持っている訳ではない。もう写真を撮る事に関して(得意苦手はあるだろうが)機材の垣根は無くなっているのである。当然スマートフォンでも”良い写真”を撮ることは普通に出来ることであり、何より便利である。状況によっては、スナップに使うカメラとして最善ですらある。
それでも、私が銀塩写真を好きなのは、「記憶」を撮り、後から振り返ることが私にとって一番簡単で楽しい媒体であるからだと思う。

最後に、この文章を目にした方が自分にとって”良い写真”を撮り、そしてそれが大切な「記憶」となることを願って止まない。

−仙台某所のカフェ・ベローチェにて 令和元年8 月8 日21 時28 分

 

当日の風景